発注者と制作者、双方にとって望ましい「制作環境」と「取引環境」の整備に向けて
『制作ガイドライン』と『SOW』の概要説明、および大規模サイト/ECサイトでの特筆事項
はじめに、I.C.E.ビジネス委員会で株式会社ガジェログの松田成正氏から『制作ガイドライン』『SOW』の概要説明および、大規模サイト/ECサイトのWeb制作における使い方のポイントについて説明がありました。
松田:「大規模サイトでは多岐に渡る確認事項の進行管理にも役立ちます。デジタル制作の主軸のひとつであるWeb制作について、各社のノウハウを反映していますので、こちらをベースとしてそれぞれ会社のニーズや案件に合わせて、改変いただきつつご利用いただけたらと思います」
『制作ガイドライン』では、発注者と制作者のどちらか、または双方が担うべきことを明らかにし、制作者については誰がおこなうかも含め、Excelのチャート形式でご覧いただけるようになっています。プロジェクトの流れはもちろん、各フェーズの目安となる期間、タスク、見積項目などを業務の抜け漏れ防止を目的として記載しています。そうすることで、予期せぬスケジュールの遅延多発することを防止しスムーズな進行にも役立っています。また、その他、各フェーズで起こりうるリスクや留意点も併記することで、トラブルを未然に防ぐツールとしても活用できるようになっています。
また、Web制作においては、新規構築よりもリニューアルのほうが留意点やタスクが増えると松田氏は続けます。説明会では、漏れやトラブルが発生しやすい点を項目毎に詳細が語られました。
松田:「リダイレクトを誰がやるかはもちろん、古いページの取扱いをどうするのか状態や量を把握しておくこと、サイトの一部をリニューアルすることによる表示崩れの対応など、移行コンテンツの検討がされていないためにトラブルが発生するケースは多いです。デザインに関しても、最終決定を誰がおこなうのかをきちんと把握していなかったり、CMS構築に関しても、ページ数の多いニュース記事サイトや商品点数の多いECサイトにおいて、その膨大な情報を実際に誰が登録していくのかなど運用時の確認が抜けていたりと、スケジュールや見積もりに影響する抜け漏れはよくあります。公開作業に関しても、クライアントの作業対応時間が深夜との指定があったり、セキュリティの関係で遠方のデータセンターまで行く必要があったりと、新規クライアントでは特に事前の確認漏れが多く発生しますので、この『制作ガイドライン』に掲載しているリスクや留意点についてもぜひお役立てください」
『SOW(作業範囲記述書)』は、発注者と制作者が確認合意すべき内容を整理して記載したもの。I.C.E.の『SOW』は、長期プロジェクトになる大規模サイトやECサイトでは、「プロジェクト概要」「プロジェクトの目的・ゴール・成功基準」「作業範囲と担当、プロジェクト体制」「WBS・ガントチャート」「プロジェクト推進にあたっての前提・制約条件・準備事項」「開発・制作に関わる要件」「テストと検収基準」「成果・納品物」「費用・支払い・契約方法」の9項目、比較的短納期でおこなわれるプロモーション領域では、「概要(目的、成果、体制、スケジュール)」「推進要件(前提・制約・開発・制作・デバイス・景品仕様・事務局)」「テスト・検収基準 / リハーサル・仮組」「成果・納品物 / 本番・実施」「費用・支払い・契約方法」の5項目に分け、各詳細が記載されています。
松田:「『SOW』において大事なことは、プロジェクトの目的やゴールは何なのか、そのプロジェクトの背景なども含め、制作者と発注者の両者が書いて共有することです。普段、要件定義書やプロジェクト計画書を使用しているところもあると思いますが、それは『SOW』の一部です。こんなにも事前に決めることがあるのか…と思われる方もいるかもしれませんが、実はプロジェクトが終わってみると、この内容すべてどこかの段階で決めていることがほとんどなのです。とはいえ、膨大な量ですので、 “MUST (必ず決めておくもの)” と、 “BETTER (決めておいたほうがよいもの)” とに分けて記述されています」
キャンペーンサイトでの特筆事項
次に、株式会社D2C IDの小池雄介氏からは、キャンペーンサイトでの『制作ガイドライン』と『SOW』の活用ポイントが説明されました。なお、ここでのキャンペーンサイトとは、限られた期間で成果を上げることを目的に作られる「新規サイト」という意味で語られています。
小池:「キャンペーンサイトのような短期プロジェクトでは、話題性や新規性についての議論に集中しがちです。つまり、サイト表現や使用するテクノロジーなどの議論が多くなり、要件定義の段階で必要なことが後回しになったり、おろそかになったりすることが往々にしてあります。コンテンツの設計に及ぼす影響が大きい重要な要件定義として、法務 / 規約 / (メディアへの)出稿 / インフラ の4つがあります。これらはクライアント側で担当者が別部署ということも多いのでやりとりの手間はありますが、この4つの要件がクリアにならなければ、せっかくのいい企画ができなくなることもあります」
映像・グラフィック制作での特筆事項
続けて、株式会社パズルの岡田行正氏からは、映像・グラフィック制作でのポイントが語られました。
岡田:「映像・グラフィック制作はWeb制作と比較し歴史が長く、確立した制作プロセスがある一方で、デジタル化によって手順や機材が変わった部分もあります。また、コロナ禍以降の感染症対策など、不測の事態への備えも追加記載するなど、時代に合わせてアップデートしています。さらに、Webやイベントなど、映像とグラフィックがその領域を横断して利用されるケースも多くありますので、二次利用や契約延長については事前に見積もりを出していくなど、先んじて手を打つ重要性にも触れています」
イベント(デバイス制作)での特筆事項
説明会前半の最後は、株式会社東北新社の松岡芳弘氏から、イベント (デバイス制作) でのポイントについて説明がありました。
松岡:「リアルイベントでは、演出やコンテンツ制作に目が行きがちですが、現地のネットワーク環境の確認を早めにやっておく必要があります。そうでないと、回線工事が必要だったりします。また、搬入・搬出の時間の制限など、イベント周りの条件確認も重要です。その他、イベント参加者の動線や警備、混雑時の対応などといった運用面での体制確認も先回りで確認していくことは大変重要です。また、デバイスを用いる場合は、修正や調整のスケジュール確保もしておきましょう。イベントは複数の会社が運営に携わりますので、関係者間の共有を密にするためにも、リニューアルした『制作ガイドライン』をご活用いただきたいです」
発注者と制作者、異なる立場でのトークセッション
プロジェクトの中で起こりがちな「言った」「言わない」
トークセッションひとつめのお題は “プロジェクトの中で起こりがちな「言った」「言わない」” について。
発注者の立場である菱沼氏は、プロジェクトスタート時の見落としに後から気づくこと、また、仕事の期待値の違いについては、往々にして起こり得ると切り出します。
菱沼氏:「プロジェクトスコープに関しては、抜け漏れが生じてしまうことはあります。期待値の違いに関しては、例えば、最終的な成果物についての定義はしていたのに、各確認フェーズにおけるアウトプット方法や内容について事前に擦り合わせられていなかったことで、アレ?ここまでやってくれるのではなかったのかな?と感じてしまうこともあります」
長氏からは、Webサイトリニューアルにおける膨大な制作ページの扱いの難しさについて語られました。
長氏:「ページ遷移が大量で、プロジェクトのスタートを切った後にバジェットが合わないと制作側から伝えられ、困ったことがありました。スコープやバジェットなどは最初に要件定義で固めておくのですが、制作ページのボリュームが数千ページもあるとわかった時に、デザインを一からやるものと、旧サイトの内容をコピー&ペーストで済むものとの仕分けに難航し、結果バジェット内で制作ができないとなり、プロジェクト冒頭でつまずいた経験があります」
長氏:「また、デザインを何案もらえるかまで擦り合わせていなかったためか、出てきたデザイン案が1つだけで、これでは決められないと、もう何案か提案をお願いした際に、バジェットとスケジュールが増えたこともありました」
菱沼氏の発言にあった「期待値の違い」に近い意見として、このように長氏からも語られ、発注者側では、提案フェーズのアウトプットで制作者とのズレが生じやすいことが伺えました。
それに対して制作者側であるガジェログの松田氏は、結局のところ「言った」「言わない」は、相手に「伝わっていたか」「伝わっていないか」に尽きると言い表します。逆にこちらから先んじて提案できるように、制作者はもっとコミュニケーションをとっていく必要があると語りました。制作者側は、過去の事例を振り返り反省の表情もありましたが、率直な意見交換ができたことに前向きな意思も感じられました。
そういったことを未然に防ぐためのツールとして、この『制作ガイドライン』『SOW(作業範囲記述書)』が役立ち、期待値などを言語化していくことができるのではと、ビジネス委員会委員長の岡田氏は力説しました。
その後、発注者側の確認フローやスケジュールについて、制作者側がよりコミュニケーション深めていく必要性についても語られました。
長氏:「私たちは各コンテンツオーナーのプロデュースをする立場上、意見の擦り合わせに時間がかかったりするので、その点で、制作者の方々にお待ちいただくことも多く、心苦しくも調整中ですとしか答えられないことがあります」
菱沼氏:「確認スケジュールは、見込んでいてもズレてしまいます。各事業者にとってのプライオリティとの兼ね合いで遅延していくこともあるのでご理解いただきたいです」
サポートキットの活用方法やポイント
次なるお題は、“サポートキットの活用方法やポイント” について。制作者側からは現場にある課題と紐づけて語られていきます。
「経験者が陥るのは、言わなくてもわかっているという勘違い。逆に経験が浅い人たちは、言われたことしかできていないという問題が起きます。それは制作者・発注者ともにあると思いますので、プロジェクトの進行をどうするかを話し合うきっかけになればと思います」と松田氏。
これに対し「私たちの業界ではナレッジが属人的になりがちなので、このサポートキットは社員研修にも使えそうですね」と小池氏は人材育成についても語りました。
また、本サポートキットは、制作者都合だけではなく、発注者の意向もできるだけ汲み取り作成したため、発注者側にもどのように活用できるかについても、意見を伺いました。
「プロセスや起こりうる課題などが事前に知れる」と菱沼氏。長氏からは、「発注者としては、チーム内にWeb業務に慣れていないメンバーもいるため、制作のイメージをつけるのに役立ちそうです。このサポートキットはすごい情報量ですよね(笑)。抜け漏れが見当たらないですし、学ばなくてはならないことや危機感含めて、プロジェクト全体を俯瞰できていいと思います」と嬉しい評価をいただきました。
I.C.E.からは、本サポートキットは自分なりにカスタマイズして使用することもできることや、質や教育といった業界全体が良くなるよう、本サポートキットを広くご活用いただきたいことに加えて、発注者側にI.C.E.加盟社には安心して任せられると言っていただけるよう、I.C.E.ではこのような取り組みに引き続き力を入れていく決意が語られました。
パートナーとの関係構築で大切なこと
最後のお題は、“パートナーとの関係構築で大切なこと” について。
「最終的に信頼関係がないと長く続けられない。そのため、やはり気を遣いすぎないようにしています。ものづくりのことだけでなく、その会社のさまざまな取り組みに同じ温度感で興味を持って話すことが大事だと思います。また、業務のなかで、昨日どこに行ったとか、砕けた話もできる方がいい関係でいられています」と語る、松田氏。
これには発注者のおふたりも同意し、「例えば商品紹介のWebサイト制作の際、商品を“気になって使ってみている”と言われると、クライアントの立場になってくれるプロだなと嬉しく思います。一緒になって考えてくれて、こっち側の人になってくれたと感じられると、遠慮なく会話できるようになる」と菱沼氏。
「オンライン会議が増え、きっちり1時間で終了するなど効率的になった反面、雑談が減った気がします。また、オンライン会議であまり顔出しをしてくれないと、悲しい気持ちになったりもします」と長氏。
トークが白熱するなかで、発注者・制作者、双方の会社を行き来しながら打ち合わせを進めると、いい関係が生まれやすいという話にもなりました。また、何かあったときのために、マネジメント層同士のホットラインがあると、若い人や経験の浅い人を積極的にチームに採用しやすいという話も出ました。
その後、参加者から「大型プロジェクトにおける、PMOの使い方や、エージェンシーの使い方の成功例は?」、理事長の阿部氏からは「関係性は良かったけど、スキルが足りないと感じた事例は?次回の発注はなかった厳し目のご意見もいただきたい」などの質問が投げられ、菱沼氏、長氏共に真摯に答えていただき、制作者にとって学びの多い機会となりました。
取材・文/富山英三郎|Eizaburo Tomiyama