2023.10.20 マネジメント委員会 EVENT REPORT
業界で働く人達のための働き方改革とキャリア形成支援を目的として、ナレッジの蓄積と発信をおこなうI.C.E.マネジメント委員会では、「若手クリエイター必見!隣の芝生は本当に青いのか?『クリエイティブカンパニーの若手が描くキャリアプランとは?』」と題したキャリアセミナーを、2023年9月11日に開催いたしました。

現場の声を集め、キャリア形成と業界発展をサポート

パンデミックや、世界情勢の混乱、経済の低迷など、未来の予測が難しい時代、クリエイターはどのようにキャリアを形成していくべきなのか。I.C.E.マネジメント委員会では、クリエイティブ人材の育成と業界発展のため、業界で働く人達の現場の声を集めること、キャリア形成に役立つ情報発信に取り組んでいます。

今回、会員企業の現場スタッフを対象に実施した「制作プロダクションのキャリアに関する意識調査(2023年7月版)」の調査結果をふまえ、デジタルクリエイティブ業界の未来を担うクリエイターたちがキャリアについてどのように考えていくべきなのか、答えを探るためのセミナーを企画・開催、トークセッションには業界で活躍するゲストを招き、加盟社以外からの参加もあり、大変盛り上がりました。

目指すキャリアは、スペシャリスト or ジェネラリスト?

VUCA時代のデジタルクリエイターたちが何を考え、どうキャリアを形成していくべきか。

第一部では、小川丈人氏(I.C.E.マネジメント委員会委員長 / 株式会社ナディア 取締役 CCO)がモデレーターを務め、I.C.E.マネジメント委員の佐藤剛氏(株式会社フォーク 代表取締役社長)、山口浩健氏(株式会社D2C ID 取締役 COO)が登壇。『制作プロダクションのキャリアに関する意識調査(2023年7月版)』の結果を元に、クリエイターのキャリアプランについて考察しました。イベントでは会員社限定の完全版をお見せしながらのトークセッションとなりましたが、業界の皆様に広くご活用いただくため、調査結果の抜粋版はI.C.E.ウェブサイトで公開、どなたでもダウンロードいただくことが可能となっています。(※抜粋版は→こちらをご覧ください)

「現在の会社でキャリアイメージを持てるか」という質問に対して、持てている人と持てていない人はほぼ半数。3人が意外に感じたのが、スペシャリストではなくジェネラリストを目指している人が、61%もいること。さらには、リーダーやマネジメントへの意向として、全体の56%が「担当したい」と回答したこと。リーダーやマネージャーの育成に、多くの会社が課題を感じているなか、会社としてどんな工夫をしているか、意見交換がなされました。
「キャリアアップに向けてしていること、したいこと」として多かったのは「社外活動への参加」(46%)。D2C IDでは、月3〜4回の高頻度でナレッジシェアをおこなっていると山口氏から紹介されました。また「キャリアイメージを持てるような活動を会社側としてもしていくべき」というナディア小川氏の意見に対して、フォーク佐藤氏からは、1on1したい人をリクエストできるという仕組みを紹介。同部署の上司以外でも役員なども対象で、ロールモデルやメンターを探すという意味でも期待できる試みといえそうです。
質疑応答では「リーダーを育てる方法」「次世代の経営者育成」について質問があり、組織としてマネジメントにどう向き合っているのか、参加者の関心の高さが伺えました。

キャリアチェンジする理由、しない理由から見えてくる仕事観

第二部の「活躍する現役クリエイターたちのキャリア形成と目指すべき姿」と題したトークセッションでは、クリエイティブ業界でユニークなキャリアを形成しながら活躍する、萩原幸也氏(株式会社リクルート マーケティング室 クリエイティブディレクター) 、木本梨絵氏(株式会社HARKEN 代表取締役クリエイティブディレクター)、鍜治屋敷圭昭氏(ベースドラム株式会社 取締役 テクニカルディレクター)の3名がゲスト登壇。I.C.E.理事長の阿部淳也氏(ワンパク代表取締役)がモデレーターを務めました。

最初のテーマは「キャリアチェンジのきっかけ キャリアチェンジしない理由」。まずは、マーケターからプログラマーへ大胆なキャリアチェンジをした、鍜治屋敷氏の経験談が。

鍜治屋敷:広告代理店の仕事の流れにおいて、マーケターは前半である程度役目が終了して、クリエイティブチームに引き継ぐのですが、リリースする頃になると熱量に差が出てくるんです。それで何が起こるかというと、打ち上げのときに盛り上がりきらない(笑)。それでもっとつくる側に行きたいと思い、31歳のときにプログラマーになりました。年齢的には遅めで、しかも未経験でしたが、当時のボスが心意気でうちに来いと言ってくれて、しかも1年間、プログラマーの仕事だけやらせてくれて。おかげでなんとか独り立ちできたのですが、今、自分が経営者の立場になって思うに、相当なギャンブルだったのではないでしょうか。

木本:私は武蔵野美術大学でインテリアデザインを勉強して、インハウスデザイナーになりたくて、事業会社に入社しました。1年半、店長候補として接客業をしながら現場発信の企画などを実行しているうちに、クリエイティブの部署に異動。その後はグラフィックデザイナーとして1年間、クリエイティブディレクターとして2年半働きました。起業したのはコロナが始まった頃なのですが、飲食店をやっている知人などから「店が潰れそう、なんとかできないか」といったシビアな連絡がいっぱいきて、メッセンジャーが鳴り止まなかったんです。一方でFacebookを見ていたら、コロナで仕事が飛んでしまったというような投稿もあり。危機的な状況で声をかけてもらえているということを糧に、翌々月に起業をしました。

転職経験が一度もない萩原氏は、キャリアチェンジをしない理由というより、「する理由がないから同じ会社に在籍し続けている」と話します。

萩原:リクルートに17年いて、好きなことをやれていて、普通であれば転職しないとできないような経験も積めているんです。ひとつの会社にいながら、キャリアチェンジをしている感覚があって、今は大学で働いたり、自分の仕事を受けたりして、満足しているというのはあるかもしれません。

目指すキャリアが多様化するなか、ロールモデルは必要か?

次の質問は「メンター、ロールモデルはいたか? 必要か?(社外・社内問わず)」。規格外のキャリアを築いてきたように思える3人ですが、その選択過程に第三者の影響はあったのか気になるところです。

木本:その人自身にはなれないし、性質も違うので、ロールモデルはいらないと思っているのですが、メンターは必要かなと思っています。私は大学時代の先生2人がメンターで、今でも困ったら相談しています。全然違う性質をもつ2人で、アドバイスの方向性もおそらく違うところもポイントで。相談の内容によって選ぶことができるので、メンターは複数いるのが理想かなと思います。

萩原:僕もロールモデルを必要と感じたことはないのですが、ロールモデルがいなくて困るという話は社内でもよく出てきます。一方で自分自身が誰かのロールモデルになりたいなとは思ったりもします。こういう人間がいてもいいんじゃないのっていうロールモデルにはなれるかなと(笑)。

鍜治屋敷:僕はフェーズによって違うんですけど、広告代理店時代は初めてついた先輩がメンターでした。社会人としての基本的な振る舞いや仕事のしかた、クライアントさんに対しての価値の届け方まで仕込まれました。プログラマーに転身するときにロールモデルにしたのは、僕が当時考えていたことを先取りしてやっていた、清水幹太さん。その後、ベースドラムを一緒に創業するんですけど、僕は去年から社長になったこともあり、今は経営のメンターを必要としています。

阿部:今はクリエイターと呼ばれる人たちが、表に出ていない感じが昔よりありますよね。だから社外にメンターやロールモデルを見つけたくても、誰を目指せばいいのかわからない、という若手の声を聞いたりもします。

萩原:スタークリエイターも昔は業界誌で目にする機会が多かった気がしますね。今は個人のSNSでの発信が強くなったり、クリエイターのあり方も多様化したからじゃないですかね。

木本:私はどういうクリエイターが何を作っているのか、今も昔もまったく見ていなくて。それこそロールモデルという存在に興味がないように、自分が探求したいテーマがあって、趣味を深掘りするみたいに仕事をしていて、そのほうが精神衛生上もよい気がします。

萩原:これからは、木本さんのようなスタンスがいいのかもしれません。ひと昔前は、代理店に入ってアートディレクターになることが王道のように思われていたけど、そうしたキャリア観も変わってきていますしね。

人生100年時代における副業、パラレルキャリアの意味

「マルチキャリアや副業についてどう考える?」というテーマでは、次のような意見が。

鍜治屋敷:僕の場合、会社では何の縛りもありませんでしたが、そもそも働き方として副業などをする余裕がありませんでした。マーケターのときもプログラマーのときも、100%の時間をつぎ込み、スキルが高まって次に行くみたいなキャリアなのですが、専門性を見つけるという意味では正解だったと思っています。会社を経営している今、ようやくいろんな形で広げることを考える段階になったと感じています。

木本:私の会社はメンバーの正社員雇用をしていなくて、業務委託なので、週末はベビーシッターをしているプランナーがいたりと様々なのですが、それは、人生で大事なのは依存先を増やすことだと思っているから。所属する場所がひとつしかないよりも、幾つかの選択肢があるから大丈夫と思えるほうがいい。自立するという意味でも、副業やマルチキャリアは推奨していますね。

萩原:副業やパラレルキャリアは、必ずしも収入と紐づいていなくてもいいと思うのです。それでもなぜ必要かというと、人生100年時代といわれる今、仕事を終えてからの時間がかなり長いわけです。そのとき自分のやりたいことをできるように、今から準備するのも大事。それで僕も趣味を100個作ろうと思ったんですよね(笑)。

阿部:僕は今の会社を14年やっていて、飽きはしないのですが、ブランディングひとつ取っても、プロセスやメソッドはある程度整っていくものですよね。なので最近はスタートアップに投資したり、CMOの立場として仕事をしたり、いろんな地方へ行って何かお手伝いできることがないか模索しているんです。そうやって動いていると新たな広がりが出てきて、今までなかったような価値観が芽生えてくるんですよね。

目の前の仕事に真摯に向き合うことの繰り返しが、 思い描いたキャリアにつながる

最後に、これからのキャリアを考えるクリエイターへメッセージをいただきました。

萩原:ロールモデルは必要なくなるくらいのほうがいいし、いろんなキャリアをシフトして、それぞれで一流になるようなことをやった先にオリジナリティが生まれて、レアな人材になれる。今やっていることが自分の幸せにつながっているのかをシンプルに考えていけばいいんじゃないかな、と僕は思います。

木本:長生きしてもあと60年くらいで死ぬんだなって思うと、短すぎるし、例えば10時間つまらない仕事をすることは、つまらないことで寿命が10時間縮んだということですよね。だから今やっている仕事に対して本当にその寿命の縮め方でいいのか、問うてみてほしくて。それでもし不満を感じるのであれば、環境だったり仕事のしかたを変えたりしたほうがいいと私は思います。最近、かなり考えた末に、仕事の受け方を絞っていて、自分が深めたい興味分野以外の仕事は全部断るようにしています。そうすると人生のテーマと、クライアントワークがニアリーイコールになってくるんです。キャリアって要は人生なので、自分は人生で何をやりたかったのか、向き合うことが大事だと思います。その点、私はクリエイターとしての大成に重きを置いていなくて、日々豊かに人生を送りたいってことだけを考えています。なので、キャリアも代表作もなくていいし、目の前の仕事が自分の人生を費やしてもいいと思えるものであれば、それでもう成功している。先輩がやっているから広告賞を取らなきゃとか、出世しなきゃとか、起業しなきゃとかは考えなくていい。自分は何者で、どうすることが一番幸せで、そのために今の仕事がどう寄与するのかを冷静に考えると、そんなに頑張らなくてもよかったりする。そういうことは、気をつけていきたいですね。

鍜治屋敷:仕事をするとき、基本的には人との関係性が絶対にあると思うんです。頼んでくれる人がいて、何かしらものをつくったり、価値を届けたりして喜んでもらうわけですけど、目の前の仕事に集中するのが唯一のやるべきことなのかなと僕は思っています。なので、どういう人が関わって、誰が喜んでくれるのかをよく考えたうえで、毎回全力を出して結果を出すことをやり続ける。僕は「自分はこうしたい」と突き進むより、流されるタイプですが、そうやって目の前の仕事を人との関係性のなかで一生懸命やっていると、自然とやりたいことにも辿り着けるというのは経験として感じていますね。

三者三様のキャリアの築き方、そして価値観から、多くのヒントを得ることのできるトークセッションになりました。

トークセッション終了後は、会場となったD2C IDで懇親会も催され、フードとドリンクを楽しみながら、キャリアに関する話に花が咲きました。
I.C.E.では今後も、デジタルクリエイティブ業界で働く方々がすぐに活かせる情報発信をおこなってまいります。リアルイベントを中心に活動していますので、ぜひご参加ください。
写真提供/I.C.E.総務PR委員会 撮影/西田優太|Yuta Nishida
取材・文/兵藤育子|Ikuko Hyodo